2002年に渡ハして12年。ハワイから、Alohaをお届けします♪


by mikity
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カラカウア王と明治天皇-ビショップ博物館 ② 

ビショップ博物館本館のお隣、キャッスルホールにて、
「Textured Lives -語る織物:ハワイプランテーションに従事した日本人移民の衣類」展
が開催されていてて、日本移民の歴史を垣間見ることができました。
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19世紀初め、白人たちがハワイに入ってきます。
ハワイ王朝に取り入った彼らは、発言力を増していきました。
サトウキビを輸出資源として大規模生産を始める、というのも彼らの提案によるものでした。
白人の投資家たちにより、ハワイ各地にサトウキビ農場が設立されていき、
ハワイ王国内のハワイ人たちだけでは労働力を確保することが困難になり、
1830年代より、国外の労働力を輸入する方策が模索され始めます。

カラカウア王は1881年、移民問題について学びまた外交関係を改善するため
ハワイを経ち、サンフランシスコを経由して、日本を始め世界14カ国を訪問しました。

最初の訪問地、日本(当時、明治14年)では、カラカウア王を
"日本の土を踏む最初の外国元首"として歓待したようです。
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カラカウア王直筆の日記。
"(たぶん、1881年3月24日?)朝8時、我々はサンフランシスコより横浜に到着した"
と書いてありますね。
読みやすい、とてもきれいな字です!
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前列真ん中が、カラカウア王。
"メリー・モナーク(陽気な君主)"とあだ名されたカラカウア王、
陽気で気さくな人柄を感じられますか?

この訪問で、カラカウア王は明治天皇と会談し、移民の要請と、
姪のカイウラニ王女と後の東伏見宮依仁親王との政略結婚を要請します。
西欧諸国の政治的経済的侵略に危機感を抱いていたカラカウア王は、
この結婚により、ハワイ王朝と天皇家との間の関係強化を画策しましたが、
アメリカとの関係悪化を懸念する明治政府から丁重に断られてしまいます。

後で調べていて"おや?"と思ったんですが、
カラカウア王の写真左側にいるおひげの方・・・
東伏見宮依仁親王のようですよ?
当時カイウラニ王女は5歳でした。ま、年齢的にも無理がありますよねぇ~
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明治天皇直々、丁寧なお断りのお手紙を書かれています。
"陛下の良友、睦仁" と結ばれています。

"カラカワ陛下" 宛てとなっていますよ!
カラカウア=カラカワと聞こえたんでしょうか。笑

それにしても、睦仁陛下も、まるでお手本のような
綺麗でとても読みやすい字ですね!
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このお手紙、こーんなに長いものです!
カラカウア王のために翻訳するの大変だっただろうなぁ~笑

ハワイ王室と日本皇室の政略結婚が相成っていたら、
今頃、日本とハワイの関係はどんな風になっていたのでしょう・・・?
その後滅びてしまうハワイ王朝と共に日本も・・・
もしくは、日本という大きな後ろ盾をつけて、いまもハワイ王朝が存続していたかも・・・
いや、ハワイ王朝はなくなったけど、アメリカ50番目の州になったから、
日本もアメリカの一部になっていたとか・・・

みなさんはどんな想像をしますか?
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本館、キャッスルホールの目の前には大きな芝生が広がっています。
その向こうには、火山の仕組みを見ることができる
サイエンス・アドベンチャー・センターがあり、
入り口にはプラネタリウムもあります♪
入館料にプラネタリウム、サイエンス・アドベンチャー・センター、特別展示すべて含まれています

ハワイの歴史やポリネシアンカルチャーに触れたくなったら、
ぜひビショップ博物館に足を運んでみてください♪

Miffyはこんなの興味ないだろうと思っていたら、
"小さい時に行ったきりだから、もう一回行きたいよー!!"と憤慨してました。笑
"すごい良かったよー!見てみて!クー神像もあるんだよー!"と写真を見せたら、
"ずるいよ!見せびらかせて、イヤミ?!"だって。笑
今度、一緒に行こうね♪

*ハワイの移民、カラカウア王についてはwikipediaを参考にしました
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by mikityhawaii | 2012-10-15 12:01 | 遊ぶ Activities